2012年7月19日木曜日

MIXIアーカイブ 「ベベルを看取る」

シジミ MIXI アーカイブス

Bloggerに移行する以前(2005−2008)、シジミエキスという名前でミクシイに投稿していた文章をアーカイブ化していきます。ネタ切れの時、たぶん定期的に拾ってきて掲載します。


「ベベルを看取る」
(一部、加筆修正しました。)

"Minha gata, Bebel morreu"
5 de Janeiro, 2006

 暮れに、うちのべベルが天国に行きました。今日は、裏の庭にお線香をやり、お供えし、お墓らしくした。ベベルとは、わずか1年の付き合いだった。
 彼女の冥福を祈る。

 黒猫のべベルは、昨年の4月に交通事故に遭い、背骨を折って以来、前足でしか歩くことが出来なくなっていた。

 上写真の遺影は、事故から一か月、回復途上のべベルです。緑の目のギラギラにはまだ、彼女の過剰な警戒心が現れている。


 丁度1年前にまだ子猫のべベルとミウシャ姉妹を貰い受けた。ミウシャは非常に大人しい猫ですぐに懐いたが、べベルは私に懐くことは無かった。決して人には懐かない猫なのだ、と気が付いた。

 冬場、寒いしべベルもさみしいのでストーブのある私の部屋の前まで来て、切ない声でなくのであるが、ドアをあけると同時に猛スピードで逃走。ドアを開けたまましばらくすると、ドア付近まで忍び足でよってきてこちらを伺っている。それで入ってくるかと思いきや、絶対に入らない。開けたままだと寒いし、ストーブを焚いているのだからドアは閉めたい。閉めようとするとまた逃走。締めてしばらくすると、またドアの向こうで寂しくないている。

 だから、ロープか何かでドアを閉められるようにしたのだ。すると、逃げ場がなくなったことに気が付いたべベルはそこから野獣モードになる。別に私はべベルに危害を加えようとは思っていないがべベルの神経はそうはいかない。べベル野獣モードは本当に恐ろしい。まず鳴き声が異様。少しでも近付く素振りを見せればフーーーーッ!!!と威嚇し、部屋中をこれでもかと荒らしまくる。初めて見たときは何コレ、本当に猫?!と驚いた。

 捨て猫にはそういうのがいるのだという。俗に「さわれない猫」というのだそうだ。

 去勢手術の「ゼロの会」(格安ボランティア)の女医さんも、麻酔されても手術後にはもうすでに半野獣化しているべベルをみて「ああ、これはきついわー」たいへんやねー と呆れていた。 でもべベルをボストンバックに詰め込み、ここまで連れてきた私の苦労は、「きつい」なんて言葉で片付けられるようなものではなかった。それはもう、奴か俺か、勝つか負けるかの、格闘だった。(続く)
miucha


(続き)
 姉妹は、あとで聞いたら、私の以前に短期間、飼い主がいたこともあったのだそうだ。でもすぐに、「飼えない」と反故にされたそうだ。わかる。その人のことを無責任だと言い切れない。こちらも多少後悔した口だ。

 でも、そのときの家では簡単に野放しにして置けたから、互いに距離を保てたのである。これがもっと狭い空間や、同居人がいたりしたらとても飼えやしなかっただろう。しかし、放し飼いにしたことで事故にも遭ってしまったことも否定できない。ただ、絶対に外部への脱出口を確保するタイプの、超アウトドア指向、いいかえれば脱獄のプロだったので、出さないのも無理があったし、その辺りはもう運命だったとしか考えないようにした。

 べベルの行動範囲はかなり広かったようだ。餌を食べに帰らないこともあったから他にこっそり外泊したりしていたのではないだろうか。逆にミウシャはというと、大人しいというか、運動神経があまり発達していないのか、あまり家を離れず保守的で、縄張り自体がべベルのそれとは全く違っていた。だから車に轢かれる心配はまずあり得ないだろう。身体の成長もべベルに比べると、大きさ三分の二程度で止まった。ちょっと肥満傾向があるが、彼女は今も健在である。

 可哀想なべベルがすぐ前の道で事故にあってからというもの、私とべベルとの関係性は一変した。事故直後、べベルはほぼ動けなくなったため私は彼女を介護しなくてはならなかったのだが、べベルは人嫌いだから、当初、介護に対して抵抗の意志があった。でも背骨を折った猫の抵抗など知れている。するとそのうちに、だんだんとべベルも介護されることに慣れてきたらしく、べベルは抵抗をやめるどころか、なんと私に懐いてきたのである。これは、嬉しさと戸惑いの二つの気持ちを感じた。

 もっとも、彼女の脱走癖などは相変わらずで、前足だけの移動で家中を制覇しようとするかの如くであった。階段上り下り。扉を押し開ける。何という執念。執拗ともいうべき、恐ろしい行動力を発揮するのだった。「自由を求め、室外に飛び出す」ということが、べベルの生き様であり、原点なのであった。 とはいえ、その行動力の産物として、彼女の通った跡には見事に垂れ流された小便のあとやら、大便が残されることになるのである。だから昨年一年間は、彼女の行動をいかにして制限するか?、或いは餌、排せつの始末や処理、そういうことに頭を悩ませ続けていた。

 たまにべベルの体を石けんで洗っていたが、水に入るのをとても嫌がり、暴れるので、そんなんで介護の大変さというものが少しばかり身にしみた。(続く)



miucha ↑

(続き)
 その特異な性格から、べベルにはあんまり愛情を注いでやれなかったが、餌は欠かさずやりにいったし、蚤もとったし、天気のいい日はベランダにだしてやったし(これが目を離すと、脱走癖がでてベランダから落下するんだ・・自身、半身不随だという自覚に欠けていたところが多々あった。) 実は、・・・事故のあと、たびたび安楽死のことも考えたのだ。べベルを見つけてくれた前の小料理屋の女将さんもしきりにそう言っていた。別に冷たい人じゃなく、かなり猫好きである。女将さんにもその経験があるのだった。 「かわいそうや。」たしかにそうである。猫として、走れない、跳べない、登れないというのは致命的だと思う。見ていて本当に不憫で、とくに背骨を折る前は運動能力のめっちゃ高い猫だっただけに、痛々しすぎる。

でも、やっぱり安楽死には踏み切れなかった。

 冬に入る頃から衰弱の兆しが見え始め、12月のなかば頃から餌をあまり食べなくなって、ある日押入れの中で冷たくなって固まっていた。年末も押し迫ったときだった。なんとなく覚悟していた死だったが、やるせないものでいっぱいになった。飼い始めから人の手に余る、世話の焼ける猫だったし、複雑な悲しみだ。

 べベルは捨て猫にしておいたら良かったのか、というとそうでもなく、ミウシャとべベルを捕獲、保護したマキ姉さんは「一回死にかけた猫」だったといっておれらた。何か病気に感染していたそうだ。それを治療して、飼ってくれる人を探す。筋金入りの愛猫家である。べベルを捕まえる時は捕獲網を使ったと言う。姉妹にはもう一匹兄弟がいたが、病気が治らず捕獲直後に息絶えたそうだ。

 ちなみに、ミウシャの名は、ボサ・ノヴァの創始者?Joao Gilbertoの二番目の妻の、べベルはその娘の名前から取っています。雄の猫だったらジョアンにしたのかもしれない。たぶん、もう猫は飼わないだろうと思う。

 どこか不吉なイメージがつきまとうが、黒猫を飼うと、飼主に幸福が訪れるといういわれがあるという。

べベルは黒い野生の固まりだった。

重苦しいトーンで三話も続けてすみません。
読んでくれた人にお礼を。(終)


以上

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